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何を学んできて、何を目指すのか。 
自己紹介とコンセプトを兼ねて、自分はどういう漢方を学んできたかを簡単に紹介したいと思います。もともと父が漢方をやっていたので、物心ついた頃から漢方は身近なものでしたが、本格的に漢方の勉強を始めたのは大学時代からで、大学の恩師の村上光太郎先生に漢方の基本を教えていただきました。村上先生は、流派でいうと「古方派」(*1)に属する考え方で、「気血水」(*2)を中心とした処方の選定方法を指導していただきました。大学を卒業後、京都の聖光園細野診療所に就職しました。ここは、漢方専門の診療所で、創設者の細野史郎先生は、昭和の初期、漢方不毛の時代に漢方を支えた数少ない医師のおひとりです。大塚敬節先生、矢数道明先生とともに「昭和漢方の三代巨頭」といわれている先生です。細野診療所は、「浅田流」といわれる流派で、江戸の末期から明治にかけて活躍された、最後の漢方医といわれる浅田宗伯先生(*3)の流れを汲むものです。一般には「折衷派」といわれ、「古方派」の考え方を基本としながら、広く「後世派」(*4)の処方も運用していこうという考え方です。私自身も基本は「浅田流」ですが、「古方派」「後世派」はもちろんのこと、最近増えてきている「中医学」(*5)の考え方なども利用しながら、患者さんの苦痛が楽になるものであれば、積極的に取り入れています。
(*1)「古方派」 日本の漢方流派のひとつで、後漢の時代に成立したといわれる『傷寒論』『金匱要略』の考え方と処方を重視して治療していく。葛根湯、小青竜湯、小柴胡湯、八味丸など医療用漢方製剤にも古方派の処方がたくさん収載されている。
(*2)「気血水」 病態を分析する漢方理論の一つで、後に詳しく解説する。
(*3)「浅田宗伯」 1815-1894年 江戸末期から明治にかけて活躍した漢方医。徳川将軍家の典医、宮内省の侍医を務め、嘉仁親王(後の大正天皇)の生命に関わる病気
を治療したことで有名。著書も多く、後の日本漢方に大きな影響を与えた。
(*4)「後世派」 『傷寒論』より後の、宋・金・元以降の時代に成立した処方を多用する流派で、理論も「陰陽五行論」や「臓腑論」を重視する。補中益気湯、加味逍遙
散、防風通聖散など後世派の処方も医療用漢方製剤にたくさん収載されている。
(*5)「中医学」 もともとは中国の伝統医学を総称する言葉で、日本漢方のルーツでもあるが、近年、中医学といわれているのは、文化大革命以降に国家事業として理論
が統一され、中医薬大学の中医師育成のため基準となっているものを指す。
高橋 宏和(タカハシ ヒロカズ)
1978年徳島大学薬学部卒業。在学中に村上光太郎先生に漢方の指導を受ける。
同年、(医)聖光園細野診療所に勤務。
在職中に細野史郎、坂口弘、中田敬吾、山崎正寿各先生に漢方の指導を受ける。
1991年兵庫県明石市にて末広薬局を開局。
現在に至る。
社団法人日本漢方交流会理事
京都漢方研究会理事・講師
京都薬科大学非常勤講師(「漢方医薬学」担当)
小太郎漢方製薬漢方実践研究会講師。